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白河へ [東北]

久しぶりに2日連続更新。。。かなり無理がありますけどね(笑) 

3月25日(土)は法事があって福島県白河市へ。
老父母も歳を重ねてしまい今回が最後かもと出席しましたが昼食は辞退させていただき、懐かしい白河の街を廻って来ちゃいました

行先を決めるのは老夫婦なのでかなり非効率でしたが、私も幼い頃の記憶も蘇り昔を思い出す旅となりました 

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東名厚木IC~圏央道~東北道白河ICまで約5,800円。
首都高速経由よりは100円程安いけど、このルートが一番早いので我慢するしかありません

早朝出発だったので渋滞はちょっとだけ。都度休憩をし3時間弱で白河に到着です

法事を無事に済ませ昼食を断っていたので、わけん一家は白河ラーメンを食してみました。
最近、〇〇ラーメンなる地元ラーメンが流行っていますが、白河もラーメンで名が知られているらしい。
立ち寄ったのは南湖公園近くの火風鼎(かふうてい)

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11時過ぎたところだったので店に入ってすぐに案内され、注文は醤油チャーシュー麺。少ししょっぱく、チャーシューは燻製臭で私にはちょっと口に合いませんでしたが、食べ終わった頃にはウェイティング客が数名。やはり人気店なのでしょうかねぇ

この火風鼎からすぐ近くの南湖公園へ

母曰く、小学生(当時は疎開していたそうです)の時に遠足で来たんだとか・・・
雪をまとった那須の山々が眺められる

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湖の周りには歌が刻まれた歌碑が多くありました

こちらは大正時代に創建された南湖神社。
ご祭神は松平定信で八代将軍徳川吉宗の孫にあたり、白河藩主の養子となったが老中を命ぜられるが失職後は白河藩主に専念。天明の飢饉では白川藩の民のために各地から食料を調達し、白河では名君と称されたそうだ

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本殿手前には松平定信が利用した茶室「松風亭蘿月庵(しょうふうてい らげつあん)」がある

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また、先の大震災にて鳥居は倒壊してしまい、今は当時の残骸が残されている。
社務所横にはセルフお神酒が用意されている。私は運転手なので写真のみでしたが、一升瓶が3本あって酒好きなら宴会になっちゃうのかな(笑) 

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南湖神社隣には日本庭園「翠楽苑(すいらくえん)」がある。
松平定信は大沼と呼ばれていた付近を整備し、藩主や家臣だけでなく民にも開放したのが南湖公園の始まりとされている。1995年、白河市によって定信公が茶を楽しんでいただろうと庭園を築いた

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春になれば庭園に花が咲き誇るのでしょうが、まだ花々は蕾の状態。ちょっと訪れるのが早かったかな 

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続いては栃木県に近い場所に白河関(しらかわのせき)跡がある

白河関は奈良時代から平安時代にかけて設置された関で、その後は荒廃しどこに関があったかは江戸時代に入って比定されたそうだ。
 比定のきっかけはこちらの白川神社で、周囲には堀がめぐられていることから往時の関ではないかとの事だった

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この白川神社が関跡だったと思わせるのがこちらの巨木。写真だと大きさがわからないかもしれませんが、幹回りは5m、推定樹齢は800年の「従二位の杉」。とても大きくしかも立派な杉に圧倒される

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これはWikipediaに記載されていたが、宮城県の新聞社「河北新報社」の「河北」とは白河を境に北に位置する事から名づけられているそうです

この後は老夫婦指示により棚倉町(たなぐらまち)、塙町(はなわまち)と回り、白河駅周辺へと戻る

小峰城(こみねじょう)

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小峰城は私が子供の時から知っている。
白河駅のホームから石垣がよく見えていたが今ある建物はほぼ無かった記憶がある。
案内看板によると1991年(平成3年)に三重櫓が木造復元されたそうですが、城内は工事現場の仮囲いがあるのだが、これは東日本大震災にて石垣が崩れてしまい、10年近い期間を掛けて修復工事がされているんだそうです

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実はこの修復工事は熊本で発生した地震によって同じく石垣が崩れた熊本城の修復工事で小峰城の修復工事を伝えていた。石垣の写真を基に石1個ずつ番号を附し元の状態に組み上げるという途方もない工事なんだそうだ。
新しく石を加工し積めば短期間で工事は終わるが、そうなれば史跡としての価値が無くなってしまう。
年月が掛かっても元のとおりに復元してこそ文化財なんだと思います

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肉眼ではわかりませんが石垣の石にタグが付いているのは番号札だと思われます

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本丸から見る三重櫓。天守閣にも見えますが櫓です。
復元櫓は震災でも崩れず良かった

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小峰城を見た後は東北本線の白河駅へ

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今でも残る木造駅舎は私の記憶(40年前)と変わっていない

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以前は荷物扱い事務所と母が言い当てた場所は駅カフェとして喫茶店になっている。
老夫婦に指示され隣の観光案内所でタウンマップを仕入れてカフェに入ると老夫婦はこんな席に座っていた。
元成田エキスプレスにて使用されていた車両の座席らしい。。。列車なら良いがカフェで座るにはかなり不安定なんですけど・・・

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観光案内所の市街地マップを広げ、老夫婦はもう少し白河の街を廻りたいみたい。
気が済むまで帰れそうもありません(笑) 

昭和50年前後の白河駅は特急列車が数本しか停車しなかったため、上野まで急行列車で往復したのを覚えている。途中の黒磯駅で車内の電灯が消え驚いたのを薄っすら覚えている。
当時は指定券を買うのは大変で祖父が苦労して購入した事をこのカフェで教えられた。
最近、忘れ事が多くなって来ている老夫婦ですが、何故か土地の空気を吸うとドンドンと思い出すみたい

白河の街を出る際、窓の外をずっと眺める老夫婦にちょっと涙腺が緩んでしまいました
今日は法事だったけれど昔を懐かしみ、子供の時を思い出して楽しめたのかな 


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コメント 4

けせらんぱさらん

昨年の12月 私も白河へ行きました
電車でしたので市内しか回れませんでしたが 徒歩で周れるコンパクトな町ですね

残念ながら 目当てのラーメン屋は当日休み 駅カフェも定休日
そして食べる所が少なく 夕飯はコンビニ弁当になってしまいました ○o。.

by けせらんぱさらん (2017-03-29 11:43) 

kuwachan

久しぶり懐かしい風景にご両親も喜ばれたことでしょう。
法事もこういう意味ではいいキッカケになりますね。
駅舎が素敵ですね。こういう特徴のある駅舎が少なくなりました。
by kuwachan (2017-03-30 15:12) 

わけん

けせらんぱさらん
目指すお店が定休日ってのは悲しいです!
確かに駅前は寂しいほど飲食店が無いですよね。
私も駅前をめぐってお店が少ないなぁと感じました。
by わけん (2017-03-30 21:57) 

わけん

kuwachanさん
はい。とても喜んでおりました。
そうですね。木造駅舎はまだ多いですが、白河駅のような大きな駅舎は
確かに少なくなってきましたね。
by わけん (2017-03-30 22:01) 

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