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竹生島 [関西]

【2016年11月18日(金)】 超日帰りドライブ4 竹生島・木之本

先日の続きで2016年11月18日の旅レポ最終回です。

舞鶴でカニ購入後、まずは舞鶴若狭自動車道の舞鶴東ICから若狭上中ICを目指す。
その後は国道303号で琵琶湖畔の近江今津に向かうのですが、時刻は11:25。
近江今津には遅くとも13:00までにはたどり着きたいのですが、距離にして約75kmを片側1車線の高速道路と一般道を走って1時間半で間に合うのか?

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そんな急いだつもりは無かったのですが、12:45に高島市の近江今津に到着

目的地は竹生島。
一度は訪れてみたいと思っていたのが本日叶いました~

続きをご覧ください


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四国の旅 2 - 5 【淡路島】 [関西]

ニュースでは都知事選に時間を割いて放送されていますね。
会社は東京ですが都民では無い神奈川県民にとって半分以上は無関係。
それを関東の民放さんは時間を割いて放送されている。
参議院選挙ならまだしも、地方統一選でもあるまいし、そこまでやるの?と思ってしまう。
そもそもはケチ臭い切欠から始まった都知事選。
準備が足らなかったのか批判の応酬。。。
このニュースよりも伝える事があるんじゃないのかなぁ~

都民の皆様、愚痴って申し訳ありませんm(_ _)m

それでは四国の旅をお伝えいたします

【2016年5月14日(土)】  四国の旅 2-5

鳴門海峡を渡り淡路島へ

高野山から数えて今回の旅ルポは通算17回目。
高野山と和歌山の旅、四国の旅も【淡路島】にて最終回となります

淡路島は兵庫県ですから「四国の旅」とするのは兵庫県の皆様に対し申し訳ないのですが、
旅ルポの流れとしてタイトルは「四国の旅」とさせていただきました。。。m(_ _)m

大塚国際美術館を後にし鳴門インターより大鳴門橋を渡って淡路島へ

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因みにこの大鳴門橋は1985年に開通。高速道であるため徒歩や自転車で渡ることはできません

西日本高速道路(NEXCO西日本)が運営しているのかと思っていたら、本州と四国を結ぶ高速道路3橋(神戸淡路鳴門、瀬戸大橋、しまなみ)は「本州四国連絡高速道路株式会社」という会社になるんだそうですよ

総工費1050億円を数分で淡路島に入ります

続くをご覧ください


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山陰・山陽の旅 2-1 【建部大社】 [関西]

2016年のGWは仕事、休み、休み、仕事、休み、仕事、休み、仕事、休み

連休があっただけでも有り難いと思わなきゃいけませんね

2011年は途切れましたが、毎年GWはどこかしら旅しており、2012年は熊野・吉野、2013年は会津、そして2014年は倉敷、出雲、鳥取と旅をいたしましたが、2015年は欲を出して更なる西へ向かって旅をいたしました

前回の2014年を「山陰・山陽の旅 Part1」とし、2015年「山陰・山陽の旅 Part2」として旅レポをお伝えします。まぁ、山陰はちょっとだけで山陽の瀬戸内側がメインかもしれませんが、4月24日~28日の5日間。この日を休むためにベトナム出張を調整、、、と云うか、実はベトナムもこの時期は連休となるんですよ。

ホーチミンのアパートで旅の計画や、ホテル等の予約は「じゃらん」頼み!

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一昔前は直接予約するのが当たり前。インターネットって本当に便利ですよね

この旅も老夫婦を連れてめぐる旅。毎年恒例となりつつあるんですが、年々予算が膨らみ財政を圧迫させられているんです。。。旅費だけに留まらず、遣いも寄こせと言い放つとこだけは元気良過ぎの老夫婦。年金から捻出して欲しい(本音)!

それでは時計の針を1年前に戻し、2015年GWの旅レポをお伝えしま~す

続きをご覧ください


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【滋賀】 彦根 [関西]

【2011年4月30日】 [お出掛けアーカイブ]

先日のお出掛けを挟み、昨年に訪れた近江のお出掛けアーカイブを再開です

近江八幡を午後1時45分に出て、彦根へと向かう

途中、立ち寄ってみたかった安土城に到着

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こんな所だったっけ?

古い石段が山頂へと向かっているが、階段手前には行き止まりの看板が立っている

登れないの?

まぁ、それでも一枚だけ写真を撮って山裾を沿って進んで行くと、賑やかな場所に出る

賑やかなほうが正面となる大手門で、先程の石段は百々橋口道(どどばしぐちみち)と呼ばれる城へ上がる道だったみたい

数年前から安土城は入山料500円を徴収し始めたことにより、他の道は全て通行止めの処置を取っているみたいですわ

そして安土城から東海道線の高架橋をくぐった先に(安土城より500mちょっと)、「信長の館」という博物館がありやす

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入場料500円を支払って中に入ると、、、

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実物大の安土城が室内に復元(前にも記事で書きましたが「復元」とは当時の建物等を再現したことを差し、現存するものを改修等を行って元の姿に戻すのが「復原」となりやす。よってこちらの建物は「復元」となんです)された天守閣

安土城の天主(天守)は五層七重の構造で、当時は今までにない形の天主で珍しい

その天主の五層部分を平成4年(1992年)に、スペインのセビリアで行われた万国博覧会の日本館に展示されたそうで、開催後に旧安土町(現近江八幡市)に譲り受けらけたのだそうです

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天主には入れませんが、色鮮やかな天主は圧巻です

金色の壁は本物の金箔なんでしょうかねぇ、、、なんかついつい勘定をしてしまう一般庶民では建てられませんね(笑)

30分程観賞し、彦根城へと向かいます

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城下町は観光化された町並みが続き、お城と城下町がセットで堪能出来るみたいです

車を駐車場(通常の駐車場が満車だったので臨時の駐車場に停める)で400円を支払って城内へ

お堀を渡ると受付があって大人600円(天守閣と玄宮園(庭園)のセット券)を支払い、天守へと向かう

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こちらは廊下橋(当時は屋根がある橋だったんだそうです)と天秤櫓

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こちらが天守閣、、、小っちゃ

完成は1603年ということだから、関ヶ原の合戦後に作られ、まだ豊臣氏が天下をおさめていた時代(徳川氏に傾き始めていますけどね)の建物。廃藩置県や廃城令によって全国の城が解体されたのですが、ここ彦根は運良く残されたんだそうで、一説には明治天皇が彦根を巡幸され城を残すよう指示したとかしないとか。。。

彦根城は井伊家の居城、彦根から数キロ先にあった石田三成の居城「佐和山城」を一掃するために建てられたそうで、城の一部は佐和山城の物を移築したとも伝わっています

城主の井伊家と言えば東京の紀尾井町(きおいちょう:紀伊、尾張、井伊三家の中屋敷があった場所:現ホテルニューオータニ)や豪徳寺や、静岡県浜松市の龍譚寺(りょうたんじ)でも歴史が残っておりますね

この日は休日とあって天守閣へ登るのに列をなしています

2011年4月30日は先の震災から1ヶ月半、関東は震災による後遺症(心の病)が出始めたのと、計画停電が実施され、なんか暗い気持が前面に出ていた時期。そこで気持ちが落ちていた老夫婦を誘って出掛けたのが、この近江のお出掛け。本来なら毎年GWに訪れる「浜松まつり」に行くのですが、今年は震災の影響で中止となり、その代わりとして連れて行ったんですわ

城側も今年のGWは関東方面からの観光客は望めないと思っていたそうですが、私達と同じ気持ちを持つ方が多く、逆に人出が多くなったみたいです

ささぁ、天守閣へ入りますよ~

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古い城の天守内は急な階段が名物ですね

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天井の柱は自然の木材なのか、それとも手を加えて曲げたのか。。。

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小ぶりな天守でしたが、国宝とあって大満足でありました

そしてセット券で拝観できる玄宮園へ

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午後から空は霞みはじめ、白っぽい空となってしまいましたが、晴れていれば綺麗な空と庭園が望めたのかな

彦根と言えば「ひこにゃん」なる、ゆるキャラが有名。時間表では本日のお出ましは終了してしまったらしく、城内では見掛けることが出来ませんでしたか、玄宮園を出たところで前からやって来るじゃあーりませんか

こりゃ写真に納めなきゃ!とカメラを構えると・・・

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オイオイ。。。

リヤカーに乗っているのは、ひこにゃんの顔だけ、、、いや、首だけ!

乗っているのかと思ったのにな・・・残念

時刻は午後5時30分。まだ陽は残っているみたいなので、彦根の隣町になる長浜へ

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こちらは長浜の大通寺(真宗大谷派長浜別院)門前町

もう午後6時を回り門前町は閉まっているのですが、昼間はさぞかし賑やかなのでは。。。

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写真を少し明るく修正したのですが、明るさが足りず粒子が乱れた写真で申し訳ありませぬ

帰る前に「鮒寿し」を買って来たのですが、うぅぅぅぅ、やっぱ食べられない

土産物だからなのかわかりませんが「私の舌には合わないと思われ、、、(北の国から風)」

2011年の4月30日は3連休の中日、帰りの東名高速はさぞかし渋滞しているのだろうと思いましたが、全く渋滞が無く帰宅したのを記憶しています

以上が滋賀県近江のお出掛けアーカイブでありました

追伸

今は秋の旅を計画中なのですが、あまりにも行ってみたい場所が多く、今のところ4日間は必要。これを絞る作業を実施中。仕事上の支障が無い限り出掛けられるのでは・・・希望的観測状態どえす


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【滋賀】 近江八幡 [関西]

【2011年4月30日】 [お出掛けアーカイブ]

過去のお出掛けを記事にする『お出掛けアーカイブ』

今回は昨年の4月30日に滋賀県の近江を訪れた時のお出掛けをお送りいたしまする

思い出しながらの記事になるのと季節は春から梅雨に向かう時期とあって、写真等で現在の季節と違和感がありますが、その点はご了承くださいね

確か当日早朝、思い出したかのように以前から行きたかった近江へ、いつもの日帰りお出掛けを急遽計画し自宅を7時半に出発

時々、急に思い立って出掛けるなんて、私にとっては茶飯事のこと

ましてや土休日の高速1,000円終了も間近とあって、天気次第でGW中に行こうと考えていたのですわ

東名高速の渋滞情報があったので中央道経由で滋賀県へ入り、最初に訪れたのは近江八幡でございました

結局、関ヶ原付近の事故によって1時間半近くもロスし、午後1時前に到着(もっと早く出れば良かったと反省)

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こちらは近江八幡「新町通り」に残された町並み

古き住宅よりニョキっと出ている松は「見こしの松」と呼ばれているそうですよ

カレンダー的にはGWの前半とあって、観光客の皆様がいっぱい

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時間があれば町をそぞろ歩きしたいのですが、日没まで6時間強とあって、この辺りで来た道を戻る

途中には・・・

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商品名「メンターム」で有名な・・・あれ?

メンソレータムじゃなかったっけ?

↓こちらはメンソレータム

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そもそもは「メンソレータム」という商品はアメリカのメンソレータム社が販売しているのですが、大正9年(1920年)に近江兄弟社(当時は近江セールズ)が日本での販売権を取得し、外皮用薬として販売されたのですが、昭和49年に倒産。同時に販売権も返し大鵬薬品工業の資本参加で再建

アメリカのメンソレータム社はロート製薬が買収し、当のメンソレータムはロート製薬から販売されたため、近江兄弟社は以前からメンタームの商品登録をしていたことから、似たような製品が販売されたそうです

メンソレータムとメンターム、どちらが本家か分かりませんが、どっちも同じ効果があるみたいですわ

近江兄弟社の名前を全国区に広めたのは平成5年の第75回全国高校野球選手権大会(夏の甲子園)で会社の付属高校である近江兄弟社高校が滋賀県代表として出場。成績は2回戦(初戦)で敗退してしまいましたが、学校名が会社名のような名前だったのと、あのメンソレータムと縁があると知り、今でも近江兄弟社の名前を記憶している次第です

近江八幡と言えば古い町並みの他に八幡堀と呼ばれるお堀も有名なのです

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こちらの八幡堀は昭和40年代まで悪臭や害虫を発生させる厄介者な堀で、埋め立て計画が持ち上がり、近江八幡市民の反対運動もあって堀の復元が計画され、昭和50年以降の改修工事を経て現在に至っているそうです

110430117 ohmihatiman.jpg この状況が→ 110430118 ohmihatiman.jpg

どちらも「近江八幡観光物産協会」のHPより転載

あの時、埋め立てていたならば・・・さすが近江八幡市ですよね(笑)

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ここは京都に近いこともあり、時代劇ドラマの撮影地として時々目にする場所なのです

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頻繁に撮影があるせいか、石垣に面した場所にある雨樋は木製のカバーが付けられています

そもそも近江八幡は城下町で、秀吉の甥(秀吉の姉の子)にあたる豊臣秀次がおさめ、関白職まで登りつめたが茶々との間に実子秀頼が生まれたことにより高野山へ追放された悲運の武将

しかし近江八幡を近江商人の町として整備した功績は現在でも慕われているんだそうです

八幡堀に近い場所には日牟禮八幡宮(ひむれはちまんぐう)がありやす

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131年に「大嶋神社」として鎮座され、その後の275年に「日群之社八幡宮」となり、昭和41年に日牟禮八幡宮と改称された歴史があるのですが、この神社の裏山は戦国時代に六角氏の居城だった観音寺城(秀次によって八幡城となる)で、古城ファンも訪れるのだとか。。。

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4月30日とあって境内には鯉のぼりが元気よく泳いでいまーす

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本殿の前には立派な神楽殿

参拝して近江八幡を離れました

駐車場はこの神社周辺で駐車が可能でしたが、土休日は満車になり近くの市営駐車場に停めて訪れたほうが良いかもしれませんね


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