So-net無料ブログ作成

山陰・山陽の旅 3 備中国分寺 [山陰・山陽]

【2014年4月26日(土)】 8:00 山陰・山陽の旅 3

倉敷より北へ車で走ること15分で備中と備前の国境となる吉備路へ

総社から備中高松にかけては古代より栄えていた地

古墳や国分寺、一之宮と数多く廻れるスポットが多い

また、豊臣秀吉が水攻めをした備中高松城も含まれる

そんな吉備路にて、まず立寄ったのは備中国分寺

140426201.jpg

国分寺には駐車場が無いため、道の駅のような「吉備路もてなしの館」に停め、徒歩にて向います

【備中国分寺】

国分寺(国分寺、国分尼寺)とは聖武天皇の時代、当時の国の中心(とされる)に建立された寺

そもそも国とは、、、

現在の日本は47都道府県となるが、廃藩置県される前は全国に90近くあり、東京都は武蔵国、神奈川は相模国と呼ばれていました(一部は重なり合ってます)。ただ90近くの旧国名は廃藩置県時代で、国分寺が建立された奈良時代では東北から北海道は常陸や蝦夷と呼ばれ、大和朝廷の勢力が及んでいなかった時代で、聖武天皇の時に建立された国分寺は、関東より西の地域でしか存在しなかったみたいです。

旧国名と一言で括れず、古事記に書かれていた国名は現在の都道府県に近い広さを有していたそうで、岡山県は「備前」「備中」「美作」がくっついて出来ましたが、それ以前は3国と「備後(現在の広島県)」の4国を合わせ『吉備国』と呼ばれていたそうです。よって吉備路とは2つ前の時代に呼ばれていた国名から名付けられた観光用の地域名として使われているのでしょう

現在の国分寺は名前だけを受け継いだ寺名で、昔から続く国分寺は存在しないんだそうです

140426202.jpg

現国分寺の山門。。。ん?。。。なんだアレ

寺の名が彫られている石柱、、、

140426203s.jpg 140426204s.jpg

善男、善女?

この寺を参れば善男善女になれるのか、それとも寺に入る者は善男善女以外はダメとか? (笑)

140426205.jpg

こちらの国分寺は1700年(江戸時代中期)に再々建された。境内には岡山県唯一の五重塔があり、寺の周囲は殆どが農地と公園になっていることでとても良いロケーション

140426206.jpg

国分寺の拝観は境内を含め自由。近くには国分寺跡、国分尼寺跡が国指定史跡として寺の基礎石が残っているだけ。因みに全国の国分寺には七重塔が建っていたと伝えられているが、現代では残っていない。国分寺の総本山的な奈良の東大寺では高さ100mの七重塔があったんだとか。。。木造で100mって凄いっす!

設計者は現代の1級建築士以上の技能を持っていたのだろうか。。。と云う事は超特級建築士みたいな資格に相当するんでしょうかねぇ~

ebina.jpg 

我が神奈川県の国分寺があった海老名では、当時65mもの七重塔があったそうです。写真は海老名の商業施設にコンクリート造の七重塔がありますが、これでも当時の1/3なんだそうです


nice!(8)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:旅行

nice! 8

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。

×

この広告は1年以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。