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和歌山と高野山の巻 4 【壇上伽藍】 [和歌山]

2016年5月12日(木)】 11:20 和歌山と高野山の巻 4 

金剛峯寺正門を出て右手に折れて金堂や根本大塔がある壇上伽藍へ向かいます

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壇上伽藍(だんじょうがらん)

816年(弘仁7年)弘法大師さまが高野山に入り最初に開いたのが壇上伽藍

高野山の中心となるのがこの壇上伽藍。金堂が本堂として高野山での行事が執り行われる

写真は中門(ちゅうもん)で昨年の高野山開創1200年記念として172年ぶりに再建された、高野山では一番新しい建築物になります

こちらは総本山金剛峯寺境内に近い六時の鐘(ろくじのかね)。午前6時から午後10時まで偶数時に現代でも時を告げているんだそうですが、私はタイミングが悪く鐘の音を聞く事ができませんでした

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この写真で六時の鐘の横を抜けると壇上伽藍

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蛇腹路(じゃばらみち) 蓮華院から伽藍まで続く路を龍に見たて、道が龍のお腹の部分から蛇腹路と名付けられているそうです

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東塔(とうとう) 1984年(昭和59年)再建 1127年に造られたが1843年に焼失

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三昧堂(ざんまいどう) 1816年(文化13年)に再建。当初は総持院にあったが壇上へ移設。手前左の桜は西行法師が植えた桜と伝えられ、西行桜(さいぎょうざくら)と名付けられています。

ちょいと脱線しやす

西行法師は小倉百人一首にもある有名な歌人。高野山や伊勢、奥州、鎌倉と気がむくまま漂泊の旅に出いたと伝えられている。赴く地にて歌を読んでいる。我が町近くの大磯にある鴫立庵(しぎたつあん)には西行が読んだ歌の地ではないか?と1664年に崇雪によって建てられた

全国の皆様、これだけはお伝えしたい。それは・・・下の写真右にあるレプリカ碑(本物は町の郷土資料館)の裏側に「崇雪・・・看盡湘南清絶地」と記されている。崇雪とは小田原出身の外郎(ういろう)売りで、先祖は中国出身。その崇雪が書き遺した「看盡湘南清絶地」日本語読みにすると「ああ、しょうなんせいぜつち」と読みます。要約すると「あぁ、湘南は素晴らしい地だ」となるんです

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そうなんです!江ノ島や鎌倉の地を湘南と呼びますが、そもそもは大磯周辺が湘南と名付けられたんです。ただし、あくまでも説に過ぎないんですけど、一番有力な説なんですけど、元々都知事の著書や、某大将等によって段々と本家が東に寄っていったと思われます。でも、、、どこが湘南なのかと云った問いかけに「それは現代の謎」と答えています。ミステリアスな方が良いと思いましてね(笑)

本線。。。高野山に戻ります

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大会堂(だいえどう) 1848年の再建

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愛染堂(あいぜんどう) こちらも1848年の再建

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国宝 不動堂(ふどうどう) 1197年建立 高野山には国宝建築物が2つあり、その内の1つが不動堂。当初は一心院谷にありましたが、1908年(明治41年)に解体され、その後は現在壇上伽藍に移転されたそうです

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金堂(こんどう) 高野山の中心となる建物 内部にはレプリカの大きな曼荼羅が2枚掲げられているのですが、何とも見えにくぅ~い(悲)

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大塔(だいとう) 高野山では一番大きな建物では? 

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御影堂(みえいどう) 弘法大師さま住居であったとも伝えられ、御影が安置されている

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三鈷の松(さんこのまつ) 弘法大師さまが遣唐使にて帰国する際、三鈷杵を日本に向けて投げたところ、紫雲に乗って日本へ飛ばされ、この松に引っ掛かったと伝えられています
ちょっと無理があるかと思われますが、この松の葉は3つなんですよ

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一生懸命探してやっと見付けました。この葉を縁起物として御守りすると良いみたいデス

生物学的に申しますと、日本では数百万年前に絶滅している種らしく、北米にだけ自生しているんだとか。。。
となると、誰かが植えたのでしょうかねぇ~
夢が無くなるので縁起物として所持しまーす
因みに、、、山梨県の武田神社に「三葉の松」と呼ばれる松があり、確か高野山に関係があったような

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准胝堂(じゅんていどう)と孔雀堂(くじゃくどう)

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西塔(さいとう) 1834年(天保5年)に再建

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御社(みやしろ) 高野山へ来る前に立寄った丹生都比売神社より丹生明神、高野明神を祀った神社
寺院の中にある神社。現代では明治初期に行われた神仏分離によって神社と寺院は別ものとなっていますが、日本古来では神様と仏様は隣り合っていたのです

そもそもは神仏習合。この習合こそが世界では珍しい現象で、海外では神様等による戦争まで発展してしまう悲しい出来事が多いのですが、日本では宗教戦争とならないは習合が許されたからと思うんです

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六角経蔵(ろっかくきょうぞう) この取っ手を1周させると経読したことになるらしい。かなり重いのかな?と押してみたら案外軽かったですよ

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そしてもう一度、中門へ
中門に立つ四天王像

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上は中門外側に立つ持国天と多聞天(左から)

下は広目天と増長天(上段から)

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広目天には蝉が、増長天には蜻蛉が。。。

蝉は、どこでも鳴き声が届く蝉によって存在感を示す(全てを見ている)

蜻蛉は、前にしか飛ばないため、決して退却しない(強い意志を示す)

という意味なんだとか

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蓮池(はすいけ)

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勧学院(かんがくいん)

壇上伽藍は、ざっと巡って45分ぐらい費やしたかもしれません

見るところがいっぱいあって、説明文を読んでいると1時間以上は必要かもしれませんね

また、高野山は再建されている建物が多いのですが、その理由は落雷による火災が原因なんだそうです
標高1000mある高野山。高い山の上にあるがために避けられなかったそうです

壇上伽藍 境内内は無料。金堂と根本大塔の内拝料は各200円

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高野山で何ヵ所か御朱印をいただくと1枚の栞も一緒にいただける
帰宅してから戴いた全てを見たら4種類あり、全て集めたら何種類あるのでしょうかねぇ


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コメント 2

kuwachan

緑が綺麗ですね~!
建物がいっぱいあってこれは時間が掛かりそうです。
山の雷は平地とは比べものにならないそうです。
私の母が若かりし頃比叡山で遭遇した雷はそれは凄かったと言っていました。
最近は平地でも凄いですけどね。
by kuwachan (2016-05-31 22:02) 

わけん

kuwachanさん
いつもコメントありがとうございます
山での落雷は本当に怖いですよね。私も小学生の時に遠足で登山をしたら突然雷雨となって、建物内におりましたが凄まじい雷鳴で半べそになった記憶があります。
53の宿坊を巡られる方もおられるみたいで、全てを回ったら数日かかるかもしれません。
by わけん (2016-06-04 20:04) 

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