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【茨城】 西山荘 [北関東]

【2010年6月12日】 [お出掛けアーカイブ]

[お断り] 本内容は2年前の2010年6月にお出掛けをした内容です 

安曇野から小県にかけてお出掛けした過去のお出掛けをお伝えしましたが、今回も同様に同時期のお出掛けを紹介しますね。実はこのお出掛け、安曇野や別所に出掛けた翌週に行っておりまする。また、2010年の内容ですので悪しからず

今回も老夫婦から以前よりリクエストがあった、茨城県水戸市にある西山荘が目的地でありやす

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首都高3号線からこの年の3月末に開通した中央環状線、まだ走ったことが無かったので遠回りだけれども大橋から板橋を経由して常磐道を目指します

地上20m以上もの高さにある3号線から地下を走る中央環状線までのアプローチはループ状に3~4周して降りて行く

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しかし、これがかなりの急カーブで、一度ラインを外れると車線に戻るのは苦難の技。みなさん速度は守りましょう!

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首都高中央環状線から6号線を通って常磐道にて日立南大田インターで降りやす

当時は高速道路の土休日上限1000円という突拍子も無い特別割引制度があったため、週末はやたら出掛けていたのが懐かしい・・・しかし1000円制度は本当に助かりましたわ

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日立南大田インターから一般道を走り、常陸太田市の中心部へ向かう

そして西山荘(せいざんそう)に到着です

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土産店内を通過して中へ入る仕組みらしい・・・土産物は帰りにして中へ突き進む

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まだ、躑躅が花を咲かせており(当時:6月中旬)、菖蒲も花を咲かせておりました

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綺麗に整備された庭を通り抜けると西山荘の入口、受付でかなり端数があった入場料を支払って散策です

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西山荘とは徳川光圀が隠居生活を行った場所で、テレビの水戸黄門でも各部最初はこの西山荘から出発するシーンがありますが、その西山荘が現在のこちらなのです

老夫婦は数年前から、ここ西山荘へ行きたい行きたいを繰り返しておりましたので、やっと念願を叶えてあげられたことになねのかな・・・

お出掛けは殆どが私の単独行なのですが、時々老夫婦を誘ったり誘われたりで行っておりまする。しかし老夫婦が一緒だと雨が降る確率が低くなるのは何故なのでしょうねぇ~

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こちらは通用門とのことでしたが、正門は見当たらずでした

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こちらが西山御殿、日本を漫遊したという記録は全く無く、光圀が「大日本史」を制作するにあたって、配下の者を全国へ向かわせたことがフィクションとなって全国を漫遊したってことになっているのでしょうね

また徳川光圀は別名で「水戸黄門」と称されますが、光圀が中納言職の官位であったのと、唐名で中納言は黄門とも呼ばれていたことから「水戸黄門」となったそうです

因みにですが、江戸時代における官職は朝廷と切り離して与えられていたため、武士の官職は肩書きのようなものであったそうです。ですから朝廷(公家)の中納言職と武家の中納言職は同じで無かったということになるのです

これは徳川家康が豊臣氏を滅ぼすために朝廷へ働き掛け、官職がゴチャゴチャだった状態を切り離すことによって、家康は朝廷と手を結んだ・・・という話もあるみたいですね

今でも官位と同じように会社での役職を重んじているのは、この官職があったからかもしれませんね。まぁ、今では「なんとかマネージャー」なる肩書きが増え、誰が偉いのかよくわからなくなっていますけどね(笑)

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こちらは助さんの住まいだった場所だそうです

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助さん、格さんという共の者がドラマにも出て来ますが、実はモデルが存在したんだそうです

ドラマでは佐々木助三郎、渥美格之進という名で登場しますが、実際は「佐々宗淳(さっさむねきよ)」が別名で介三郎と呼ばれ、「安積澹泊(あさかたんぱく)」が別名で覚兵衛と呼ばれていたんだとか。。。

うっかり八兵衛、風車の弥七、かげろうお銀・・・は、完璧なフィクション、、、わかりますよね(笑)

西山荘の近くには光圀の他、水戸徳川家の墓所「瑞竜山墓所」がありますが非公開

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先の震災で墓所の石垣が崩れ、修繕を目的とした特別公開があったそうですが、墓所を公開するか非公開にするかは墓守となる方の判断となりますので、どちらを選ぶかは墓守が決めることでありますので私達は何も言えません

しかし震災によって墓所の石垣が壊れたため、特別公開として1人10000円の参加者を集い、一部を修繕費にする姿勢に何か疑ってしまう

母方の祖父の先祖は石巻に住んでおりますが、先の津波によって本家の墓地は墓石も含めて流されてしまったと聞いています。そりゃ由緒も無い私の先祖なんかの墓所を特別公開して参加者なんかいる筈も無く、墓守が親戚縁者で修繕するのが当たり前

文化財に指定されているから・・・そんな理由は聞きたくも無いし、過去の歴史に登場した人物の墓所、、、確かに墓所という神聖な場所を公開するかは墓守として悩む所でしょうが、「壊れたから」の理由で特別公開するのって私はちょっと首を傾げてしまいますね

まっ、あくまでも私見ですのであしからず

そしてこちらも西山荘から近い場所にある正宗寺

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ここには助さん、、、佐々宗淳の墓所があり、こちらは一般公開されています

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もう少し時間があれば常陸太田市内を散策したかったのですが、偕楽園へ向けて車を走らせましたとさ

現在の西山荘ですがHPで確認したところ、開荘時間は午前9時~午後4時、入荘料は735円で毎週月曜日がお休みです。荘内は所要30~45分あればゆっくり観ることができ、瑞竜山墓所(瑞龍町)や正宗寺(増井町)へは車で10~15分圏内となります

この情報はこれから行かれる方にとっては大変目安となるんだなぁ・・・とお出掛け計画している時に認識したので、今後は少しずつ載せてまいりますね


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