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和歌山と高野山の巻 8 【根来寺】 [和歌山]

2016年5月12日(木)】  和歌山と高野山の巻 8

10:00 [根来寺] (ねごろじ)

粉河寺より西へ車で15分の根来寺へ

根来と云えば戦国時代で僧による軍事集団、根来衆として名が知られ、1543年に種子島へ火縄銃(鉄砲)が伝来し、その時の1挺が根来へ入り、根来衆はその火縄銃を生産して鉄砲を持つ軍事集団へ
当時の火縄銃は滋賀県(当時は近江国)の国友、日野、大阪府(当時は和泉国)の堺、そして和歌山県(当時は紀伊国)の根来で鉄砲鍛冶によって生産されていたが、根来は豊臣秀吉によって攻められ、現在では鉄砲鍛冶としての歴史は途絶えてしまっている

根来寺は1132年に高野山で、のちに興教大師と称される覚鑁(かくばん)上人によって、と伝法法院を創建したのが始まり。
816年に弘法大師さまによって高野山を真言密教の聖地としたが、300年近くも経つと当初の教えも衰退しはじめ、その衰退に危機感を感じた覚鑁上人は真言密教を正しく伝えるために伝法会を立ち上げるが、他の僧と確執も生じ根来へ移り、この根来寺が創建された

大門 1852年再建

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大門は現在の根来寺まで歩いて10分近くも歩かなければならないのですが、何故こんな離れた所にあるかと云うと、当時の寺がとてつもなく敷地が広く、僧兵10000人以上も存在したいたことから、ここは大きな寺町として栄えたのだと理解できます

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